学都「仙台・宮城」サイエンスコミュニティでは、「科学・技術の地産地消レストラン」と銘打ち、様々な地域リソースを活用した科学講座を開発・実施することで、地域の知的資源が次世代育成に還元される循環をつくることを目指しています。今回は試食会(試行実施)ということで、2015年3月26日の9時から17時までの日程で、東北大学カタールサイエンスキャンパスホールを会場に本講座を実施しました。受講生は小学生4名、中学生3名、大人3名の計10名が参加しました。
「科学・技術の地産地消レストラン」シェフ
竹中恭介(宮城教育大学初等教育教員養成課程芸術・体育系音楽コース 4年)
藤原 脩(東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻 博士課程前期2年)
「音」は生活の中にあふれていて、人は何気なしにその音を使って情報を伝えたり、音楽として心を豊かにするために用いたりしています。しかし、その音についての勉強は、科学と音楽で切り離されて考えられるのが現状です。
シェフの竹中は、音楽を勉強しているため音楽のみを学んでいる人と接する機会が多いのですが、合奏時に音の原理を理解していないがために、練習が進まないという機会に何度も見舞われました。また、科学が専門の人と話す時は、物理の話の際に音楽の例を出すと理解が早くなり、もっと深まるという意見をいただくことができました。この現状がとても勿体無いように感じられ、この2つの要素を使って学習の手助けはできないかと悩んでいました。
また、シェフの藤原は、学校教育で音の性質と波の物理量との関係について学ぶ機会がありましたが、概念図や数式を示されただけだったため実感が湧かず、実際にはどういう因果関係があるのかがわかりませんでした。さらに、音の性質の一つである音色については、物理量との関係や定量化する方法について言及されることは一切ありませんでした。普段の生活の中で常に感覚しており、非常に身近な情報である音について、波とのあいだに深い関わりがあることが示唆されていながら、その関係が判然としないもどかしさを感じていました。しかし、竹中と議論を重ねるうち、音を物理の面だけでなく音楽の面からも観察することで、はじめて音の性質と波の物理量との関係について実感を伴って理解することができました。
そこでわれわれは、音楽の要素と絡めて「音の正体」に迫る講座をつくることができないかと考え、本講座を開発するに至りました。科学・音楽双方の面から音を学ぶことはどちらの分野にとっても有益なことです。音楽の勉強をする人であれば科学的な仕組みを理解していればいい演奏の助けになりますし、科学の面からも勉強したことを音楽と関連付けて理解を助け、深める事にもつながります。また、講座のもう一つの柱としてプログラミングを据えることで、自分で音を作ることのできる実践的で体験的な講座とし、プログラミングへの興味も持つことができるような講座にしました。
本講座では、まず音楽と科学をつなげるために音と波の関係を実際の楽器の例を見ながら学習しました。受講者は実際の楽器を触れたり見たりすることで、実感を伴って理解ができている様子でした。
その後プログラミングの基礎を学習し、その知識を活かしてキーボードアプリを作成しました。プログラミングの初心者が多かったものの、キーボードアプリという目標が見えていたため、学習したことを何で使うかを理解しながら進められていました。
さらに自分好みの音色を作るために「音色のひみつ」を学習し、最後に作った音色をアプリケーションにし、全員で合奏しました。音色づくりではどの高さの音を混ぜればどのような音になるか、じっくり吟味する様子が見られました。
音とプログラミング両方に興味があり本講座に参加された受講者が多くおられ、この講座を実施してよかったと感じました。音楽と物理の両方から音を学習でき、さらに実際のプログラミングを通して音をつくる機会を設けたことで受講者の満足度も高まった様子でした。また、物理分野では音は「波」として扱われ、理解がしづらい分野ですが、実際の楽器を通して視覚と聴覚の両方を使ったことで理解が進んだようでした。
一方、今回の本講座の実施により改善点も洗い出されました。全体としては音楽とプログラミングの解説をどちらも基礎から盛り込んだため、講座のボリュームが増え所々駆け足の解説になってしまったという点です。今回は1日だけの実施ということで、内容を厳選してしまったため、解説が少なくなってしまった箇所もありました。そのため、実施日数や触れる内容について今後検討していきたいと考えています。
受講者からのアンケートでは、全員から「とても楽しかった」「まあまあ楽しかった」と回答をもらうことが出来ました。また、「音色のひみつがわかった」「実際の楽器で説明してくれた事がよかった」などの声をいただき、満足していただけました。また、付き添いでいらした保護者の方が「目標があってプログラミングの意味がわかった。自分もやってみたいと思えた」とのことで、嬉しい反応をいただけました。
最後に、シェフの竹中は担当した部分の教材開発のために音をもう一度見直すなかで、今まで感覚でしかなかった音楽の部分が物理とつながって理解が深まっていくのが感じられました。人に教えるための研究が、自分のためにもなるということを感じることができ、自身の成長につながったように思います。また、それぞれの要素の持つ面白さに触れることが出来、この講座を通して音についてもっと知ってもらったり、プログラミングをするための一助となったりしてほしいと思うようになりました。今後、講座を実施するにあたり、今回得られた経験と反省を踏まえて、より良い講座を提供できるようにしていきたいと思います。
シェフの藤原は、科学的な知識や技術について、全く別の視点から観察することではじめて得られる知見があることを、講座を開発する中であらためて学びました。音を単なる波として捉えるのではなく、音楽のなかでどういった意味を持っているのか、どういった場面で有用性を発揮するのかといった、これまで考えたこともなかった視点で観察することで、音の性質と波の物理量の関係を理解することができました。また、講座を開発するにあたり、他者に対してわかりやすく説明する方法を考えたり、竹中と講座内容に関する議論を重ねたりする中で、情報を構造化して認識する力を鍛えることができました。一方、指導面においては改善すべき点が多くあったため、指導方法を今一度見直し、より良い講座を提供できるよう精進していきます。