近年、飛躍的な情報科学の進展を背景とした社会の変化に伴い、知や技術のコモディティ化が急速に進んでいます。これにより、単なる知識であれば誰もが容易にアクセスして取得できたり、アイディアさえあれば企業のみならず個人でもアイディアを具現化できる環境が整いました。よって、これから本格的に到来する知や技術のコモディティ時代においては、単に知識を習得するだけでなく、既存の知や技術を活用して新しい価値を創造する力が求められます。同時に、教育においても、求められる個人の資質や能力はますます高度化、多様化しています。
しかしながら一方、教育の現場においては、小学校・中学校・高等教育までの教育と、社会変化に対応しながら変化している大学等との間でギャップはますます広まり、その急激な変化についていけないリテラシー不足の学生が増大する形で大学教育は崩壊の一途を辿っており、人材育成は喫緊の課題として叫ばれています。また専門分野の現場においては、各研究室や企業、教育機関等の組織単位で人材育成が行われているものの、その一方で、専門分野以外でも幅広い分野や最新テクノロジー等を学びたいという個人の知的好奇心があっても、なかなか現実には専門分野以外に割けるリソースや体制等がないために、その意欲を発揮し切れていないのが現状です。その上、パッケージ化された技術は、組み合せてつないでいく方法論が分野横断的なために、個々のスキルは独学で身につけることができても、全体像を俯瞰し効果的かつシームレスにつなぎ合わせるためのノウハウが独学では習得しづらいという課題もあります。これらの壁を乗り越えることができれば、個々人のアイディアはさらに形になるでしょう。
そもそも人は自分がおもしろいと思うアイディアを形にしたい存在です。そこで、「アイディアを形に」をコンセプトに、人が潜在的に持つ「創りたい」「伝えたい」「知りたい」という内発的モチベーションが発揮され、人と共鳴し合うことで形となり、その成長が次世代の成長につながっていく。このような「成長の連鎖」による循環型の教育システムを地域資源を活用しながら構築することで、喫緊の共通課題である科学・技術人材育成を地域共同で取り組む体制づくりを目指し、「『科学・技術の地産地消』による人材育成プラットフォーム東北」を、先述の「科学・技術の地産地消のワークショップ」と「科学・技術講座」の両輪から構成する「科学・技術の地産地消のレストラン」を土台に、次のステップで実現したいと考えています。
まず第一段階目として、大学生や教員、会社員等を対象とした「科学・技術の地産地消ワークショップ」において、「アイディアを形に」をコンセプトに、最新技術等を地域で共有化できる勉強会を手弁当モデルで継続的に運営することで、意欲ある学生や社会人が、既存のブラックボックス化された技術を理解して使いこなす力を身につけることのできる土壌を整えます。次に第二段階目として、第一段階での各々の成長が、それぞれの既存活動へ還元されると同時に、それら知の蓄積を小中高生対象の「科学・技術講座」として昇華させ、「圧倒的な基礎力と創造力をその手に」をコンセプトに、受益者負担による体系的・継続的な講座として提供することで、ブラックボックスを構成する原理原則を理解して使いこなす力を小中高生対象に対して着実に育成します。そして、このような「成長の連鎖」を定常的に生み出すリアルな「場」として、「科学・技術の地産地消のレストラン」を現実に創出したいと構想しています。 本プラットフォームを既存の枠を超えた多様な機関と連携しながら構築することで、お互いの既存活動の効果最大化を図りながら、さらなる「科学・技術の地産地消」の推進を目指して参りたいと存じます。知的好奇心がもたらす心豊かな社会の創造にむけて、皆様のご参加をお待ちしております。
学都「仙台・宮城」サイエンスコミュニティ(JST平成25年度科学技術コミュニケーション推進事業「ネットワーク形成地域型」採択事業/提案機関:宮城県、運営機関:特定非営利活動法人 natural science、3カ年事業)は、知的好奇心がもたらす心豊かな社会の創造にむけて、「科学・技術の地産地消」と銘打ち、人間の知的好奇心をドライビングフォースに、科学の“プロセス”が身近な社会を良くする知恵として還元されることを実感できる循環システムの構築を多様な機関と連携のもと目指しています。
そのための「土壌づくり」では、まず各主体による既存活動の効果最大化を図ることを目的に、『学都「仙台・宮城」サイエンス・デイ』を核としながら地域ネットワークを形成・拡充化しており、2016年1月現在、約200の大学・研究機関や企業・学校などの団体と、約6,500人の一般市民が本コミュニティに参加しています(土壌づくりの成果まとめ)。また土壌づくりとの両輪で、科学技術創造立国日本を担う次世代人材育成を目的とした「科学・技術の地産地消レストラン」では、地域リソース活用型の科学講座の開発及び中高生への提供を通じて、開発主体である大学生・大学院生たちをシェフ(科学コミュニケーター)として実践的に育成しています。約2ヵ年間で目標通り約100コマの科学講座が開発見込みで、最終目標である受益者負担による中高生への提供を本年度内から一部開始予定です。さらにシェフたちは、育成の過程で身に付けた最新テクノロジーやノウハウ等をベースに、自らのアイディアを形にしました。その結果は、MEMS(微小電気機械システム)を用いたアプリケーションの試作・提案コンテスト「国際ナノ・マイクロアプリケーションコンテスト世界大会(iCAN)」での世界1位入賞をはじめ、学会発表や論文発表、書籍化といった形で広く公開し社会と共有化しています。そして、それらの成果を再び科学講座化することで、教育的価値として次世代に還元する循環システムが構築されつつあります(レストランの成果まとめ)。
しかしながら本事業で2年間学生を育成する中で、科学講座を開発する上での問題点があることも同時にわかってきました。それは近年ハード・ソフト問わず、ものづくり未経験の学生が増加しており、自分でものをつくったことのない段階の学生にとって、多角的な認識が問われる科学教育プログラムの開発は非常に敷居が高く、様々なトレーニングが必要であるという問題です。そこで科学講座開発の前段階として、まずは学生自身がおもしろいと思う「アイディアを形にする」という育成段階の重要性を痛感し、【表1】の育成ステップを新たに設けました。その育成ステップとは、まず①要素技術を認識して適切に習得し、それら要素技術を適切につなぎものをつくる。次に、②自分がおもしろいと思ってつくったものを、他人にも興味を持ってもらえるよう適切に伝える。そのために学生たちと徹底的に議論し、個々人の興味や特性に応じた目標設定と計画の立案から進捗管理、科学・技術指導、プレゼンや文章作成の表現力育成等の指導を行い、その成果は先述のiCAN世界1位入賞といった形で、現れつつあります。さらには③個人がおもしろいと思ってつくったものを社会的・普遍的価値へと昇華させ、社会と価値を共有化する。そのために学生たちには、社会の問題点やニーズへの認識を問いながら、科学的思考に基づいて論理を展開する力や社会的責任の遂行能力等の指導を行い、それら成果は学会や論文への発表、書籍化という形で社会に還元されつつあります。以上の総合力を習得して初めて最終目標である、④科学・技術における教育的価値を認識し、その教育効果を最大限引き出すためのカリキュラムや指導方法を開発して「科学・技術講座」にまで仕上げ、中高生へ適切に伝えることができるステップまで到達することがわかりました(「科学・技術講座」の詳細)。
昨今増加傾向にあるものづくり未経験学生に対して、まずは学生自身がおもしろいと思う「アイディアを形に」する力の育成を、汎用化されたオープンな最新テクノロジーを活用しながら上記ステップを経て実践した過程は、外部からの関心も高く、問題意識を共有化した機関からは、リソース提供や連携の申し出も多数寄せられました。そこで、これまでnatural science 内部で実施してきたステップ①にあたる勉強会をオープンにし、主に大学生・大学院生や社会人等を対象として、「アイディアを形に」をコンセプトに「科学・技術の地産地消ワークショップ」を開始しました(「科学・技術の地産地消ワークショップ」の詳細)。そして、多様な機関との連携を進める中で、次の概要に示す通り、喫緊の課題である人材育成を地域共同で行う必要性を認識したことから、「『科学・技術の地産地消』による人材育成プラットフォーム」を設立する運びとなりました。
「アイディアを形に」をコンセプトに、スキルやノウハウ等の地域資源を共有化しながら、知的好奇心がもたらす成長の連鎖を生み出すことを目指して、「科学・技術の地産地消」ワークショップ(WS)を開催します。対象は主に大学生・大学院生、社会人等で、どなたでも好きなWSに参加したり自分でWSを開くことができる勉強会形式です。このうちnatural science からは、「国際ナノ・マイクロアプリケーションコンテスト2015(iCAN’15)」世界1位入賞アプリ「どこでも茶道」を構成する要素技術群(汎用化されたオープンな最新テクノロジー)を提供します。
※科学・技術の地産地消ワークショップ一覧(2015年度)
学都「仙台・宮城」サイエンスコミュニティにおける「成長の連載」による知の蓄積と、natural science のこれまでの10年間に及ぶ活動で得た知見をベースに、小中高生対象の「科学・技術講座」として昇華させ、「圧倒的な基礎力と創造力をその手に」をコンセプトに受益者負担による体系的・継続的な講座として提供することで、ブラックボックスを構成する原理原則を理解して使いこなす力を小中高生対象に対して着実に育成します。
理学的アプローチと工学的アプローチの両輪で、基礎から着実に科学的思考力と体系的な
理解を身につけ、習得した知識や最新の技術群を活用し、自分が「つくりたい」ことや
「知りたい」ことを形にできる圧倒的な基礎力と創造力を、中長期スパンで育成します。