同講座は、東北大学が科学好きな高校1・2年生を全国から募集し、大学での講義や留学生との交流機会を提供するものです。さらにプレゼンやレポート課題等で選抜された受講生には、大学での研究活動や海外研修のチャンスが与えられます。今回、米国カルフォルニア州リバーサイド市で実施された科学技術研修に、選抜された高校生15人とともに、同事業コンソーシアムメンバーの大草芳江も同行しました。
海外研修は3月19日から25日までの7日間の日程で行われ、高校生たちは、リバーサイド市科学技術高校(RSA:Riverside STEM Academy)の家族宅にホームステイをしながら、RSAやカルフォルニア大学リバーサイド校(UCR)での交流活動を中心に研修を実施しました。また、リバーサイド市と仙台市は1957年から国際姉妹都市提携を結んでいることから、一行はリバーサイド市のRusty Baikey市長を表敬訪問。生徒たちは仙台市の奥山恵美子市長と東北大学理事からの親書を手渡した後、日系移民の歴史を学ぶために博物館や国定歴史的建物も見学しました。
参加した日本の高校生たちは「RSAの生徒は、”自分は何をしたいか”という自分の興味や意思があり、率直に伝える姿勢に驚いた」「RSAの生徒がそれぞれ個性を発揮し、全力で物事に取り組む姿勢に刺激を受けた。今後は自分の意見を積極的に発信することで、今までとは違う何かが得られると思う」「RSAの生徒が全力投球だったので、いつもは冷めた目で見ていた自分も釣られて一生懸命になり、楽しかった。今後は積極的に物事に関わりたい」などと話し、わずか1週間ながら、自身の大きな成長を実感していた様子でした。
筆者も高校生と同じようにホームステイをさせていただき、文化の違いを体感しながら、日本と米国の教育システム等についてホストファミリーと意見交換することができました。ちなみに、ホストファザーは元・海軍で、現在は国防のための学校でコンピュータプログラミングを指導する立場にあるそうです。我々natural scienceの活動の動機や問題意識に対しても「それは日本だけの問題ではなく先進国共通の問題」との共感を得て、IoT最新技術群を活用した新しい「科学・技術講座」のカリキュラムにも興味を持ってもらえました。ホストマザーは教育熱心な韓国人の方で、日本や韓国と米国の教育システムの違いをわかりやすく解説してくださり、教育について様々な議論をしてくださいました。RSAに通うサバンナとUCRに通うデイモンも、優しく親切に接してくれました。彼らは大変勉強熱心で、毎日3~4時間のホームワークをこなし、科学技術系コンテストで獲得した何十個ものメダルやトロフィーが部屋にずらりと飾られていました。しかし最も印象的だったのは、彼らが強いられて勉強しているのでなく、とても楽しそうに勉強していた姿でした。
本レポートでは、米国における科学教育の現状について、関係者へのインタビューを交えながらご紹介したいと思います。
今回の研修の中心舞台となったRSAは、「STEM(ステム)」教育に特化し、徒歩10分圏内に位置するUCRと連携した教育活動を行っている新しい公立学校です。STEMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字からとった総合的な理系分野の総称のことで、米国オバマ政権ではイノベーションの担い手を育てるためにSTEM教育の強化を大変重視しており、官民連携の国家戦略として位置付けています。その背景には、インターネット普及以降の技術革新により、STEM分野の高度人材に対する需要が急増していることや、文理問わず幅広い職種で科学や数学の知識が要請されることがあるようです。
では、具体的にどのようなSTEM教育が行われているのでしょうか。今回、日本の高校生たちが、RSAの高校生たちと一緒に体験した工学の授業「エンジニアリング・チャレンジ」は、「8本のスプーンとナイフ、16本のフォークのみ用いて、最も高い構造物をつくれ」や「割り箸8本と輪ゴムを用いて、マシュマロを最も遠くへ飛ばす射出装置をつくれ」といった工学的課題にチーム対抗で競い合うものです。日本の生徒たちは、英語で議論を交わし、構造物や装置を作っては壊しながら、次第に盛り上がりを見せていました。
工学教師のチャールズ・モアヘッドさんに聞くと、エンジニアリング・チャレンジは通常授業でも取り入れられているそうで、基本的に授業は座学ではなくプロジェクトベースで進むとお話されていました。「プロジェクトの課題自体は教師から与えられますが、企画は生徒主体で進み、教師は生徒の相談にのるスタイル」ということで、例えば、現在9年生が取り組んでいる「リバーサイド市あるいは姉妹都市の仙台市にテーマパークをつくろう」というプロジェクトでは、最適な土地を探してテーマを決めることから始まり、乗り物などの試作品は実際に教室内の装置で製作するそうです。製作と同時進行で教師はデザインの仕方やコンピュータのソフトウェアの使い方などを教えたり、STEMのみに特化せず、歴史など他分野とも関連付けながら生徒を導いていきます。
学ぶ目的があり、その目的を実現する方法までを生徒自ら考えることで、育まれるものは大きいと期待される一方で、座学スタイルの授業に慣れ親しんだ日本人の目から見れば、これだけで本当に知識や技術などの実力が身につくのだろうかと不安に思う反面も、正直あります。その疑問を率直にRSAの教師の方々にぶつけたところ、創造力の育成に重点を置いた教育方針について伺うことができました。以下、インタビュー形式でご紹介します。
―エンジニアリングチャレンジで、日本人は皆、塔の基礎から作り始めたのに対して、RSAの高校生の中にはトップから作り始めた生徒がいたことに、日本の高校生が「発想の違いに驚いた」とコメントしていました。
それは、どう考えても基礎から作る方が正しいです。しかし、何が正しいかは最初から教えません。先に理論ありきではなく、自分たちでわからせることが大切です。自分たちでやってみてから考える。その時に初めて何が正しいかという理論の大切さがわかります。
―そもそも「創造力」をどのように定義していますか?
私の定義する創造力とは、生まれつきのものあるし、アクティビティ自体は与えられるものかもしれませんが、今まで直面したことの無い問題に対面することにより、創造力を働かせるもの、その二つがあると考えます。
―日本の場合、勉強は強いられるものなので、学ぶことが楽しいという気持ちは削がれ、成人になると知的好奇心は先進国最低レベルまで低下します。あまりにも強いられ続けるせいか、逆に失敗することに対する恐怖が増すという傾向も見られます。
失敗を恐れていては、創造力は育まれません。しかし失敗を恐れる生徒が多いことは、米国も変わりがありません。また、教師も同様に失敗を恐れています。そして、生徒は教師が何を正しいと考え、何を評価するかを常に見ようとします。ですから私は、「それを求めることは違うよ」と生徒にメッセージを送り続けながら、創造力を育もうとしています。
―日本の高校生の受け入れについては、どのように考えていますか?
育った環境や文化が異なる者同士でアイディアを交換することは、創造力を広げます。お互いにとって素晴らしい機会だと思います。
―ありがとうございました。
そもそも科学者である前に、人間であることが大切です。必ず何かしらの決断を下す時が来ます。その時に必要なのが、人間としての道徳心です。STEMだけでなくhumanityもブレンドしなければ、血の通った決断ができません。私も生徒たちに、例えば単に本を読むだけでなく、問題をどのように解決して表現するかを指導しています。それは創造力をモチベートし、生徒はそれを楽しんでいます。
―日本の高校生の受け入れについては、どのように考えていますか?
世界が小さくなっている今、文化や言葉の違いに感謝できる機会は貴重で、それは今後必ず必要になることです。そこから私たちは様々なことを学べます。このような機会は、お互いにとって素晴らしいことだと思います。
―ありがとうございました。
―日本の高校生の受け入れについては、どのように考えていますか?
国際感覚を身につけることはミッションのひとつです。実際の交流から、異なる視点や文化を学べることは非常に良いことです。
―ありがとうございました。
―米国の教育システムの現状について、教えてください。
※2:チャータースクールとは、従来の学校制度にとらわれない、新しいタイプの学校。新しい学校を自分たちの手でつくり運営したいと希望する教師や保護者、市民活動家などが、学校の設置許可権限をもつ州の教育委員会等の機関に教育計画を提出し、認可されれば契約(チャーター)を結び、公費によって、独自の教育理念で自律的に学校を運営できる。米国の公教育改革の流れの一つとして、1990年代から増えつつある。ただし、認可は期限付きで、期限内に目標が達成できない場合には学校が閉校になり、その場合の負債は運営者たちが負うことになる。
―それは「小さな学校では実験が成功した」という意味ですか?
成功した例もあれば、失敗した例もあります。ほとんどのチャータースクールが、まだできたばかりで実験中の段階です。政府のお金を使う場合、私立・公立関係なく、個人ベースのボトムアップでチャータースクールのルールブックの提案があり、問題がなければ地方教育委員会として承認せざるを得ません。ただし公立学校の場合は失敗できないので、教育委員会がみています。通常の公立学校には様々なルールがありますが、チャータースクールの場合、ルールに縛られずに新しいことができます。ただ、少ないとはいえどもルール自体はあるので、ルールの隙を縫いながら、試行錯誤している段階です。
―日本の教育行政は中央政府主導で、ルールは中央政府から地方教育委員会を通じて学校現場へトップダウンで降りてくるシステムで、米国とはシステムが大きく異なります。
ここはアメリカ(笑)。ルールブックは、政府からのトップダウンではなく、個人ベースのボトムアップで提案されます。カルフォルニア州の場合、州がある程度の金額と権限を地方教育委員会に渡して、地方教育委員会が教育マネージメントを担当しています。マネージメントのために、学校へのお金の分配が適切かどうかを、我々が評価します。我々もやりながら学んでいる状態ですが、このファンディングシステムは自由で良いと思います。
―日本でいう学習指導要領にあたる、全米共通のスタンダードはないのですか?
日本は単一国家・単一民族だから、よく理解できないかもしれませんが、米国では州によって、まるで別の国のように政策が異なります(教育も州の専管事項)。しかし、米国でも国で決めたスタンダートはあります。例えば科学の場合、各学年で何を学ぶ必要があるかは決まっており、それを習得しているかを試験します。また、昔はメモライズをベースにした教育でしたが、今はメモライズを減らしてサイエンス&エンジニアリングのプラクティスを増やしています。これは米国でのとても大きな変化です。
―なぜ米国では、それほど大きな改革ができたのですか?
動機は二つあります。ひとつ目は、1900年台からのリサーチにより教育の問題点が明らかになり、教育改革に対するボトムアップ的な動きが政府を動かしたからです。特にカルフォルニア州はいち早くこの教育問題に取組んでいますが、他の州はまだ取り組んではいません。しかし、この改革の動きそのものは全米的です。現在は実験中の段階ですが、もしカルフォルニアで成功すれば、他の州も真似するでしょう。もうひとつの動機は、子どもの学習能力の低さです。他国、特にアジア諸国と比べて、米国の子どもの学習能力が低い現状をどうにかしなければいけないという強い危機感があります。
―スタンダードで、特に重視する指針はありますか?
1点目はCreativityやCritical thinking、二点目はCommunication skillやsharing ideas、3点目はinterdisciblinary、分野横断的な科目間のつながりです。この3点は全米的な動きで、米国の公教育における大きな変革です。5~6年前に数学と芸術、言語を、2年前に科学を変えました。これら改革の成果が現れるには、あと5~10年はかかるでしょう。
―ありがとうございました。