私たちの身のまわりには様々な研究機関がありますが、それらの研究等は私たちと一体どのようにつながっているのでしょう。今回は、宮城県の公設試験研究機関の一つ、林業技術総合センター(黒川郡大衡村)を訪れ、同センターの取組みについて、企画管理部長の清川さん、環境資源部長の菅野さん、地域支援部部長の平間さん、普及指導チーム技術次長の相澤さんにインタビューしました。
林業技術総合センターは、「1.森林や林業に関する試験研究」「2.林業用の種や苗の開発と安定供給」「3.林業技術の普及指導と人材育成」の三つの柱の業務を通じて、宮城県の長期総合計画である「みやぎ森林・林業の将来ビジョン」に基づいた取組みを実施し、県民生活の向上と森林・林業及び木材産業の振興に寄与しています。特に、東日本大震災以降は、復興に寄与する試験研究等の業務を最優先として、復興を技術面から支える試験研究や、海岸林の再生に必要な種苗の確保などの課題に重点的に取り組んでいます。
山で切った木は、工場で柱等に加工され、それが住宅になる循環で、県民の手に届きます(サプライチェーン)。このサプライチェーンが震災によって途切れてしまったため、復興に寄与するため、森林や農産物に対する放射性物質による影響を解明したり、木材性能試験等を通じた被災企業支援等の試験研究を行っています。
災害から農地や住宅を守るための海岸防災林が、津波により約1,000ヘクタール消失してしまいました。なくなった森林を復興するために松を植えますが、松の苗をつくるには種から育てる必要があります。しかも、普通の松では松くい虫(マツ材線虫病)に弱いため、松くい虫に強い「抵抗性クロマツ」の苗をたくさんつくる研究をしています。このほか、森林荒廃につながる獣被害防除対策の研究もしています。
震災で大量に出たがれきや木質系のバイオマスを利用し新しいエネルギーをつくろうという研究もしています。木質バイオマスを使った発電施設、あるいは暖房用の熱源として使う取組みが被災地各地でスタートします。今はがれきがなくなったため、これからは、間伐材やこれまでゴミとなっていた端材等を木材加工工場からどうやって集めてチップにしバイオマスボイラーの原料として供給できるか、研究しています。
県内で山を切った後に植える木の苗や種、挿し木の生産をしています。単に木を植えるだけではなく、松くい虫に強い松や、花粉が少ない杉をどうやってつくるかを研究し、その種や苗木を増産する取組をしています。これについては、見学時(後述)にも詳しく説明します。
森づくり・人づくり・産業づくり・震災復興の取組みをしています。森林をそのまま育てても、少しずつ間伐しなければ、木が混み合って林床に光が届かず、立派な木材はできませんし、山崩れの原因にもなるため、森林の制御が必要です。また、一人一つずつ山を持っていれば問題ないのですが、日本の場合、複数の個人が一つの山を所有するケースが多いため、山を部分的に間伐しても、残りがそのままでは困ります。そこで個々人が所有する山を”団地”のように集約して効率的な間伐ができるよう支援しています。
本センターでは、次世代を担う林業技術者を育成する研修等の人材育成や、一般県民や児童生徒に対する啓発活動も行っています。本県の林業就労者は、わずか700名余りしかいません。同じ第一次産業(※)でも農業や水産業は数万人の就労者がいる一方、林業を生業とする人は年々減少し、高齢化も進んでいます。次世代を担う林業後継者の育成と確保が課題となっています。
※宮城県における就業者の産業3部門別割合(平成22年度):15歳以上就業者数 105 万 9416 人のうち、第1次産業の就業者数は 5 万 3219 人( 5 %)、第2次産業の就業者数は 23 万 4210 人( 22.1 %)、第3次産業の就業者数は 74 万 6752 人( 70.5% )
このほか、新しいきのこの開発も行っています。当センターが開発した独自品種として、「ハタケシメジ(みやぎLD2号)」があります。生産量が少なく、市場にはあまり出回っていませんが、しめじに似たような味わいで、シャキシャキとした歯ごたえが特徴です。良い出汁もでますよ。
実は、きのこ等の産出額(36億円)は林業の産出額(47億円)に匹敵します。その分、放射線被害の影響も大きいです。放射性物質対策を講じた安全で高品質なきのこ生産技術の開発のため、海藻等を活用した菌床きのこの栽培試験を行い、放射性物質の移行等に対する効果も調べています。
インタビュー後は、抵抗性クロマツや花粉症対策スギの苗を育てている現場(圃場)を見学しました。同センターの面積は約80ヘクタールと広大なため、場内は車で移動します。普通の山とは風景が異なり、規則正しく小さな木々が並んでいます。
近い将来、花粉症で悩むことはなくなるかもしれません。花粉の少ない、あるいは全く花粉をつくらない「花粉症対策スギ」の開発が進んでいます。花粉症対策スギは以下のように定義されています。
・無花粉スギ:花粉を全く生産しない
・少花粉スギ:花粉生産量が一般的なスギに比べ1%以下
・低花粉スギ:花粉生産量が一般的なスギに比べ20%以下
このうち、少花粉スギ及び低花粉スギの苗が年間約7万本同センターで生産され、主に県内苗木業者に出荷されます。また、花粉症の皆さん待望の無花粉スギはまだ試験段階で、宮城県由来の無花粉スギを開発するため、森林総合研究所が開発した無花粉スギとの人工交配を進めているそうです。
では、そもそもどのようにしてスギの苗を増やすのかというと、「さし木」、つまり元祖クローン技術で増やします。なぜクローンかと言うと、一般的なスギの花粉と受粉しまうと、せっかくの親木の花粉が少ない形質が消えてしまうためです。ただし、遺伝子がワンパターンでは単一の要因で大きな被害を受けるリスクが高いため、生物多様性に配慮し、複数種類の花粉症対策スギを育成するようにしているそうです。
実際に、花粉症対策スギ(少花粉スギと低花粉スギ)の採穂作業を見学しました。実は、どの穂でもいいわけではなく選ぶコツがあるそうで、後々”中軸”になる穂と”枝葉”になる穂を見分けて採穂するそうです。次に、採穂した穂木をさし木で苗に育てる「人工苗畑」も見学しました。ビニールハウスの中で、スギの穂木は、まるで稲のように規則正しく植えられていました。なお、スギの穂が発根する率は約80%とのこと。同センターでは、出荷目標年間7万本に対して、約9万本の穂を植えているそうです。
一方、マツ類については、これまで「さし木は無理」と言われたほど、さし木で増やすのが大変難しいそうです。しかしながら、松くい虫に対する抵抗性という親木の形質を子にそのまま引き継ぐためには、花粉症対策スギと同様、受粉でなくさし木で増やす必要があります。そのような必然性から試験研究を行った結果、マツのさし木技術は徐々に向上し、今ではさし木による発根率が0%から約50%にまで向上したそうです。
実際に、抵抗性クロマツの苗を育てるビニールハウスを見学すると、ビニールハウスの中にさらに二重のミニビニールハウスがあり、中はぬくぬくと温かく湿っていました。花粉症対策スギの人工苗畑と比べてかなり手厚い待遇です。それほど条件を厳しくコントロールする必要があるわけですね。東日本大震災で被災した海岸防災林の再生の影には、このような課題を克服する試験研究の努力があったのでした。なお、この抵抗性クロマツの採種園は、実質的には東北で同センターにしかないため、東北中の試験研究機関が、このセンターに集まって試験等をしているそうです。
同センターの清川さんは、「研究の成果は、論文発表だけでなく、実際に現場で使われ、県民の皆さんの生活に届くことを最終目標としています。その成果が出るまで10年スパンの試験研究のため、外からなかなか成果が見えづらいかもしれません。でも、宮城県内のスギやマツの種苗は、すべてここで生まれたもの。目立たないけど大切なんですよ(笑)」と話していました。縁の下の力持ち的な存在の、ここ林業技術総合センターは、まさに宮城県の林業の故郷と呼べるような場所でした